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燃え尽き症候群

前回の日記からまさかの1ヶ月も間が開いてしまった。この1ヶ月は激務というわけでは全くなく、休日は割と有意義に過ごせていたのだが、1月まで多忙だったせいか燃え尽き症候群のようになってしまって、日記を書く気が起きず放置してしまった。書きたいことはかなり多いので、今回一気に書いてしまおう。

●2月8日(土)
この日は関東方面で近年稀に見る大雪が降った。朝、起きて外を見てみると尋常ではないほど雪が積もっていた。外出しようかとも思っていたが、写真のとおりの積もり具合で、大人しく家に引きこもることにした。
そのはずだったのだが、夜0時ぐらいになってK先輩から「飲みに行くぞ」との誘い。「この雪の中、まじですか?」と言いつつ、大雪の振る中傘をさして近所の飲み屋へ。がっつり飲んだ後、さらにノリで駅前のカラオケに行き、そこでもかなり飲んだ。帰り(夜中4時頃)は2人共かなり酔っていて、いい年した大人が雪の中にダイブしたりしていた。帰ったら服も靴もびっしょりだった。

●2月9日(日)
前日に引き続き、K先輩と外出。酔いが残る中、昼前に起きて、以前から行こうと話していた東京ドーム隣のスパ「ラクーア」へ行った。とてもいい湯だったが、2500円程取られてしまった。銭湯というより商業施設のようなものだから仕方ないが、ちょっと高かった。
それから更に移動して浅草・浅草寺へ。僕は浅草は初めてだったので、ささやかに興奮した。


さすが日曜、大雪明けというのにかなりの人の多さだった。
しかし前日の飲みに加えてこの寒さ、腹の調子がかなり悪く、大が漏れそうだった。

●2月13日(木)〜14日(金)
この2日間は名古屋への出張だった。詳しくは書けないが、日本の技術の結晶を拝見させてもらった。そのブツの前で記念写真も撮ることができた。本当に貴重な経験であった。
そしてこの2日間は、先週に引き続きまたしても大雪が降り注いだ。名古屋〜東京の広域で雪が降り、14日夜の帰りの新幹線はひたすら徐行運転であった。そして12日から東京へ研修に来ていたHから、福岡への帰りの航空機が飛ばず立ち往生してしまったとの連絡を受け、東京駅に着くなりすぐに品川へ移動して彼と合流。品川の某飲み屋で飲んだ後、彼がホテルも取れなかったと言うので、カラオケ屋で一晩明かすことにした。Hが今も結婚式のことで色々と揉めているという話を聞いて、結婚式って面倒くさいことばっかだなあ、と思ってしまった。

13日夜、宿泊先のホテルの窓から


14日夜、カラオケ屋(ビッグエコー)の中から

●2月22日(土)〜24日(月)
月曜日に休暇を取り、3連休を利用して関西方面へ一人旅を行った。
まず22日昼15時ごろ、ビール片手に新幹線に乗り、大阪市内へ。19時過ぎに大阪駅で某知人と会い、梅田の飲み屋で飲んだ。2軒目の後、0時頃にもう1人合流して、3人でカラオケ屋へ(改めて考えると毎週カラオケに行っている‥)。計3軒でかなり飲み過ぎてしまい、カラオケ屋のトイレでひたすら吐いた。夜中3時頃解散して、難波のネカフェで床についた。
23日はひたすら大阪市内(主にミナミ)を観光。まず難波の地下街でトンテキを食べた後、通天閣へ。展望台に登ろうとしたが、待ち時間1時間とのことだったので断念。外から通天閣の姿を目に焼き付けた。

新世界から通天閣を眺める


新世界の町並み

それから難波へ戻って、大阪へ来たからには見ようと思っていた吉本の劇場へ。既に席は満員で、立見券しか無いとのこと。3時間近く立ちっぱなしで鑑賞するのは気が引けたが、諦めるのは心が許さず、立見券購入。公演開始まで劇場前のたこ焼き屋でたこ焼きを食べた。

僕が入ったたこ焼き屋


なんばグランド花月

この日のラインナップは、ロザン・ティーアップ今いくよ・くるよオール阪神・巨人など(他にもいたが忘れた)、そして新喜劇であった。個人的には最近話題の佐村○内守をネタにしていたロザンが面白かった。
19時ごろに劇場を出て、賑やかな夜の難波を散策した。賑やかさと汚さが入り混じった、まさに人情の町といった具合で、個人的にこういった雰囲気は大好きである。東京の賑やかさとは全く別の性質を持っていると思う。メシ屋が回っても回りきれないほど立ち並んでいて、歩くだけでもかなり楽しかった(散策中、ひたすら色んなお姉ちゃんから「止まって話でも聞いてってくれませんか!」と声を掛けられた。飲み屋なのか風俗なのかわからないが、こういった客引きのやり方も東京とだいぶ違うように感じた。そして結構な割合でカタコトだったので怖かった‥)。何を食べようか迷ったが、最終的に大阪王将の本店(難波が本店と知って驚き)でビールと餃子を食べた後、どこかのラーメン屋で〆た。そして前日と同じネカフェに入り、楽しかった1日を思い返して寝た。

くいだおれ太郎


かに道楽本店


道頓堀川沿いのグリコの看板

翌24日、朝9時に起きてネカフェを出る。この日は伊勢市に移動して、前々から考えていた伊勢神宮へ行く予定。22日から風呂に入っておらず、神社へ行くのに汚いナリではマズイと考えて、先に大阪市内のスーパー銭湯でひとっ風呂浴びた。
近鉄大阪難波駅から伊勢市駅へ向かうのだが、その前に大阪のうどんを食べた。東京のうどんのダシはかなり濃く、この半年でその味付けに慣れていた分、大阪のうどんのダシは本当に薄い、というか味がしなかった。とはいえ、九州のうどんはそもそも大阪寄りの味付けなので、大阪よりも東京の味付けに驚くべきではあるが。


大阪難波駅から賢島行の特急に乗る(もちろん缶ビールを携えて)


乗る前に写真を1枚

ビールを飲み、車窓からぼんやりと景色を眺めていたところ、うたた寝してしまってまさかの伊勢市駅を通過してしまうという事態に見舞われた。五十鈴川駅で特急を降り、伊勢市駅へ引き返した。痛い時間のロスだった。
伊勢市駅に着いたのは14時半ごろで、駅前のマップを眺めていたところ観光案内のおじさんに声を掛けられた。伊勢神宮の外宮と内宮どっちも見て回りたい、と伝えると「この時間から2つ回るのは厳しいよ!内宮のほうが見るとこいっぱいあるからそっちに行きなよ」との話。地図のコピーを頂き、見どころ等を教えてもらいつつ、バスで内宮へ向かった。伊勢神宮豊受大御神を祀る外宮と、天照大御神を祀る内宮があって、お伊勢参りはどちらも参拝するのが本来のやり方、というのを以前どこかで読んだので、個人的には外宮→内宮の順で回りたかったが、おじさんがそう言うのなら‥ということで内宮に行くことにした。
内宮は、月曜だというのに尋常ではない人の多さだった。全国各地からお伊勢さん参りに来ているのだろう。そもそも僕が伊勢神宮に行きたいと考えたのは、古来から、特に江戸時代なんかにおいては、日本人なら一生に一度は伊勢神宮に参拝したいと思うものであって、自分も日本人としてその風習に倣おうと考えたからだ。お伊勢参りできることは、日本人としての一つの誇りである。平日でもこれほど参拝客が多い理由の一つには、皆こういった思いがあって、是非参拝したいと考えているからではないかと思う(何を書いているかわからなくなってきたが‥)。

伊勢神宮は20年に一度式年遷宮が行われていて、ちょうど平成25年末に遷宮が行われた。本殿は新しく建てられたばかりのものである。
参拝もほどほどに、内宮前の「おかげ横丁」を散策した。おかげ横丁は昔ながらの建物がずらりと並び、食べ歩きやお土産選びを楽しむことができる。伊勢名物「赤福」本店もここである。土地柄か魚の丸焼きなんかを売っていて、食べ歩いたら楽しかっただろうが、何分カップルが多かったのでいたたまれない気持ちになり、甘酒を量り売りしている酒屋さんで甘酒を飲んで、そそくさとその場を後にした。

内宮を出てもなお時間が残っていたので、諦めかけていた外宮に参ることにした。バスに乗って一旦伊勢市駅に戻り、そこから歩いて外宮へ向かう。時間が17時近かったので、人の姿はまばらだった。人がごった返していた内宮に比べて非常に厳かな雰囲気であった。

外宮を出た後、今度は伊勢市駅から特急で名古屋駅へ。名古屋駅で新幹線に乗り換え、東京へ帰るという計画である。伊勢市駅のコンビニで地ビールを売っていたので、これを飲みながら名古屋へ向かうことにした。味はプレミアムモルツのように苦味が少なくフルーティだった。

あっという間に3日間が終わってしまって、特急の中では少し寂しくもなった。非常に密度が高い、濃い3日間であった。名古屋駅で名古屋ラーメンなるもの(名古屋コーチンでダシを取ったというもの。味は‥)を食べた後、新幹線で東京への帰路についた。かなり散財してしまったが、素晴らしい3日間だったと思う。