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パリの大地に立つ

タイ時間0時過ぎ、再び飛行機が離陸。早速CAが飲み物を配りに来る。なんとなく肌寒く、温かい飲み物が無いか尋ねてみるが、食後にしか出せないとのことで、代わりにぬる目のコーラを貰った。CAの笑顔に癒やされた。
離陸後1時間足らずでまたも飯が配られ始める。確かに、先の便の中で食べた夕飯から数時間が経っているとはいうものの、夜中であるにもかかわらず、どういった位置づけの飯なのだろうか。肉と魚のどちらかを選ぶことができ、僕は魚をお願いした。先の便にも増して、とても美味しかった。今回の便はフランス人が多く乗っているからだろうか、明らかに料理に対する力の入れ具合が大きくなっていると感じた。ワインのサービスもあり、ありがたく頂戴したが、間違って赤ワインを貰ってしまった。
フランスには朝7時に到着する予定だが、ここにも時差があって、タイ時間では12時。ということは、12時間も飛行機に乗り続けなければならない。先の便でもそうだったが、往路では音楽や映画を全く見ず、手荷物の鞄に入れていた小説、川端康成の「山の音」をひたすら読んでいた。しかしずっと同じ態勢で本を読み続けるのも辛く、いよいよ寝て到着を待つことにしたが、寝ても寝ても一向にパリには着かない。しかも機内は非常に寒く(タッチパネルには、高度13,000m、外気温-57度と表示されていた。寒いはずである)、ブランケットにくるまっても寒くて仕方がなかった。
離陸2時間前に、またも飯が出てきた。フランス時間で朝5時頃なので、朝食ということだろう。クロワッサン、オムレツ、チキンソーセージ、ポテト。これもまた非常に美味しかった。食後に「tea or coffee?」と聞かれ、咄嗟に「tea,please」とお願いしたが、出てきたのは紅茶で、もはやteaと言っても緑茶が出てこないのだと気づいて少し悲しくなった。

朝7時、シャルル・ド・ゴール空港に降り立った。入国審査で何か尋ねられないかとヒヤヒヤしていたが、これといって何も聞かれずあっさりと通過できた。荷物受取所に進み、ターンテーブルの前でひたすら自分のバックパックを探すが、一向に出てこない。トランジットではロストバゲッジが頻繁に発生すると聞いていたので、よもや僕の荷物もどこか他に国へ行ってしまったのかとヒヤリとしたが、最後の最後でようやく運ばれてきた。

ドゴール空港では、一つのミッションをこなさねばならなかった。それは空港内の観光案内所で、「パリ・ミュージアム・パス」を買うことであった。ミュージアムパスがあれば、パリと近郊の美術館、さらに凱旋門やヴェルサイユ宮殿、その他の主要な観光地の中に、入場チケット無しで入ることができる。この日、早速凱旋門やノートルダム大聖堂を訪れることにしていたので、ミュージアムパスの入手は必須だったのである。しかし、パスの購入は僕にとって「フランスにおける初めての買い物」であり、無事にこなせるかが非常に不安だった。空港内の案内を見て早速「イル・ド・フランス観光案内所」へ辿り着き、係のおじさんに声を掛けた。「do you have Paris museum pass?」と尋ねると、2日、4日、6日分のどれがよいか、と言ってきた。6日分、と言うと、69ユーロだ、とのこと。この時はまだ小銭を持っておらず、5、10、20ユーロ紙幣しか手元になかったので、20ユーロ3枚と10ユーロ1枚を差し出した。すると笑顔で「merci」と1ユーロ硬貨を渡してくれた。稚拙な英語だったが、なんとか最初の関門をクリアすることができ、全く見知らぬ国の人と意思疎通できたことで、何となく僕はにやにやしてしまった。
余談だが「do you have~?(~はありますか)」という言い回しは、旅を通して何度も使うことになり、大変助けられた。また、「can I ~?(~していいですか)」も、本来ブシツケ過ぎる言い方になると思われるが割とよく使った。この他、会計をお願いします、という言い回しも頻繁に使うことになったが、こちらは覚えやすかったので英語(check please)ではなくフランス語で「laddition sil vous plait(ラディシオン・シルブプレ)」と言っていた。

空港からパリ市内まで、エールフランス航空が運行するバスが出ていて、これを利用することにしていた。空港出口のすぐ側にバスの停留所があり、券売機で乗車チケットを17ユーロで売っている。後に登場する、パリ市内の地下鉄(メトロと呼ぶ)の券売機は、操作前に言語を英語に変えることができるが、このバスの券売機の画面は全てフランス語表記で、何が書いてあるかよくわからず苦労した。どうにか大人1枚、凱旋門行きを発券し、Ligne2系統のバスに乗り込んだ。運転手に突然「Etoile?」と聞かれ、何を言われたのかわからない僕はポカンとしてしまった。凱旋門があるシャルル・ド・ゴール広場(=エトワール広場)まで行くのか、と聞かれていること気づき、咄嗟に「エトワール、エトワール!」と繰返した。

10時、凱旋門でバスを降りた。凱旋門のあるシャルル・ド・ゴール広場は、シャンゼリゼ通りの西側の起点で、12の通りが交差している。朝から観光客でごった返していた。凱旋門の真下へは、交差点の外側から入る地下通路を通って向かうことができる。地下通路でカメラを持ったおじさんに声を掛けられ、凱旋門について英語で何かしら質問されたが、理解できず平謝りしてしまった。おじさんは笑顔でOKと言い、君はどこから来たの、と尋ねてきた。日本ですと答え、あなたは?と聞くと、アメリカから来たと言っていた。凱旋門の屋上に登りたいらしく、係員に何かを聞いて先に行ってしまった。
門の中にある螺旋階段を登り、凱旋門の屋上に向かう。北東にモンマルトルの丘が、南にエッフェル塔が見えた。

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凱旋門を後にして、シャンゼリゼ通りを東へ歩き、ルーブル美術館方面を目指す。そこへ、2、3人の若い女性のグループがやって来て、「do you speak English?」と声を掛けてきた。手には署名簿を持っている。僕は直感的に「こいつらに関わったらまずい!」と感じて、足を止めずに無視して歩き続けた。あちらも「are you Japanese?」などと言って食いついてくるが、なお無視して立ち去ろうとすると、腕を思いっきり引っ掻かれてしまった。彼女らのような集団はあちこちにいて、シャンゼリゼ通りを歩いているだけでも3、4回は遭遇した。無視して通り過ぎると、すれ違い際に肩を殴ってくる者もいた。なんとも恐ろしい奴らである。後で調べてみると、署名活動を装って観光客の足を止め、署名に気を取られている隙に鞄を開けて財布を盗み取るというスリ行為が、パリ各地で横行しているらしい。パリではスリや詐欺に気をつけろと散々聞いたが、早速洗礼を浴びかけてしまった。

しばらく西に歩くと、コンコルド広場が広がる。フランス革命の際は、この場所でルイ16世マリー・アントワネットが処刑された。広場の真ん中にオベリスクが置かれている。

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コンコルド広場から北に歩くと、すぐにマドレーヌ寺院が見えてくる。中にも入ったが写真は撮っていない。

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マドレーヌ寺院を出たところで昼12時近く、そろそろ小腹も空いて飯を食べたくなった。寺院の向かい側に、いかにもパリらしいカフェがあり、看板に日本の国旗が描かれていた。日本人歓迎ということだろうか、ためらいながらも意を決して入ってみることにした。パリ市内での初の食事である。入り口にジジイのスタッフがいて、早速何かを英語で聞かれるが、聞き取りづらくシドロモドロしてしまう。単にお茶を飲みたいのか、食事をしたいのか、と聞かれているらしく、食事をしたいと伝えると、テラス席に通された。どこの者か、日本人かと問われ、日本人だと答えると、日本語のメニューを持ってきてくれた。フランスの料理メニューには、コース料理を表す「menu(ムニュ)」が書かれていて、何が何やらわからない一品料理「a la carte(アラカルト)」を注文するより敷居が低い。僕はビールと肉一品料理、カスタードプリンのムニュ、19.5ユーロを注文した。ところがこの肉料理、野菜を酢か何かで煮込んだもの(?)の上に大きなベーコンやソーセージが大量に乗っている何とも形容しがたいもので、食べきれずに残してしまった。するとジジイがムスッとした態度でやってきて、「finish!?」と皿を下げると、デザートが出てきていないにも関わらず「check!」と勘定を求めてきた。いまいち意思疎通のできない日本人にいらいらしたのか、料理を残されたことが癇に障ったのか、ジジイは明らかに不満を露わにしていて、その態度に圧倒された僕はデザートのことを訴える気も起きず、代金を支払って早々に店を立ち去った。パリ初の食事は、何となく気分の悪いものになった。

 

マドレーヌ寺院を東に歩くと、オペラ座「パレ・ガルニエ」が現れる。中に入ることはできないので、外観だけを堪能する。

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オペラ座から南に向かい、セーヌ川を渡ってシテ島に上陸。シテ島はパリ発祥の地とも呼ばれるらしい、非常に歴史の古い島(セーヌ川の中洲)だ。ここにノートルダム大聖堂なる巨大な寺院がある。大聖堂前の広場は観光客で溢れ、聖堂入口から入場する者が行列を成していた。(そしてここにも署名集団が多くいた‥)

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16時前、そろそろホテルに向かうことにする。僕が泊まることになっているホテルは、メトロ2号線のプラス・ド・クリシー駅近くにある。1号線のシャトレ駅でメトロに乗り、シャルル・ド・ゴール=エトワール駅で2号線で乗換えることになる。メトロ乗車、初挑戦だ。シャトレ駅の自動券売機で切符(ticket t+と呼ぶ)を買おうとするが、僕が触ったのは旧型の券売機で、紙幣が使えず、早速つまづいた。パリのメトロは、市内の移動であれば一律1.7ユーロだ。その小銭すらも、この日は持っていなかった。紙幣が使える新型の券売機を探して歩きまわり、どうにか大人一枚分を発券することができた。

パリのメトロは、日本の地下鉄と違って車内放送がほとんど無い。1、2号線などは辛うじて次の駅の名前をアナウンスするが、他の路線はそういったものが無いので、どの駅を通過したか注意しなければならない。発車サイン音もかなり無骨なものだったが、今となっては懐かしく感じられる。

プラスドクリシー駅でメトロを降り、歩いて数分でホテルに到着。レセプションに年配のおばさんがいて、チェックインしたいと伝えると、笑顔で対応してくれた。お互いカタコト英語を駆使して受付を済ませ、部屋に通される。部屋は少しボロく、「いかにも」古めのヨーロッパのホテルってこんな感じだろうな、という内装だった。

日本を発って長く風呂に入っていなかったので、夕飯に繰り出す前にシャワーを浴びることにした。と、その前に携帯を充電しようと、持ってきた変圧器にタコ足を付けてコンセントに挿した。その瞬間、バシッ!という音とともに火花が上がり、タコ足から煙が出た。同時に、電源を入れていたテレビがブツッと落ち、うんともすんとも言わなくなった。部屋のライトも点かず、ホテルに着いて数分でのこの有様に「やってしまった‥」と僕は茫然となった。このまま部屋を放置するわけにはいかないので、どうにかしてホテルに事情を伝えなければならない。僕は持っていたメモ帳に「circuit breaker cuts off the power(disjoncter)」と書き、煙臭いタコ足を持って、おばちゃんに身振り手振りで状況を説明した。おばちゃんは笑いながら、「それ(タコ足)はもう使わないでね」と、部屋のブレーカーを上げてくれた。何とか大事には至らず、ほっとしたが、これ以降日本の電化製品を使うことに躊躇してしまい、携帯の充電すらできなくなってしまった。

18時頃、「飯食べてきます」とホテルを出、「LEON」というチェーン店らしき飲食店に入った。この店は、メニューに英語で料理名が併記してあったので、注文しやすそうだったのである。カタコトで注文すると、エディ・マーフィに似た店員が親切に対応してくれる。白身魚のフライ、いんげんのバター炒め、ライス、ビールをお願いした。ライスはパサパサで、あまり美味しくなかった。ビールは「PELFORTH」というフランスのもので、独特の風味がした。

帰り道、本屋や薬局に寄り道した。こういった場所をぷらぷらと散策できるのも一人旅の醍醐味ではないだろうか。本屋には、「進撃の巨人」や「いぬやしき」など、日本の漫画がいくつか並べてあった。最後にスーパーマーケットでエビアンコカ・コーラを買い、ホテルに戻った。疲れがどっと出てきて、22時頃には寝てしまった。