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蕉風徘徊(前)

残り一年でやることリストにも書いていた「平泉への旅」へ、6/18~19に行ってきた。

今回の旅に出るにあたって頭に浮かんだのは、松尾芭蕉と「奥の細道」である。僕は平泉へ行く途中で、日本三景の一つである宮城県・松島にも訪れることにしていた。東京を出発し、松島を通って平泉へ向かう旅路は、江戸を出、松島、平泉、そして大垣へ辿り着く奥の細道の過程に重なるものがある。僕は芭蕉を意識して、今回の旅は奥の細道を読みながら進むことにした。

18日正午、東京駅を新幹線で出発。駅で買った駅弁と、米で作ったというビールを嗜みながら行った。このビールはあまり美味しくなかった。

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この日は松島を散策することにしていた。松島へは、新幹線で仙台まで行き、在来線に乗り換えて松島駅で降りることになる。仙台駅で一旦外に出、駅の近くの丸善で「奥の細道」を買った。奥の細道はいくつかの出版社から出版されているが、角川ソフィア文庫の「ビギナーズ・クラシックス」が口語訳に詳しいので、これを選んだ。他の文庫本は、古語でしか書かれていなかったりして、とても読めたものではないのである。高校生の頃、国語の授業で奥の細道を読んでいるはずなのに、今となっては全く読めない。三島由紀夫が「現代の青年は古い日本語が読めない」と嘆いていたが、恥ずかしい話である。

奥の細道の書き出しを読んで、ハッとした。「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」である。高校生の時分、親しんだフレーズではないか。そしてこの冒頭部分は、自分にとって一つの戒めとすべき言葉である。あの頃の自分には響かなかったが、今なら見えるものがある。つまり人生は旅だということだ。

松島には16時前に着いた。夕方前だというのに日はかなり高く、多数の観光客がいた。芭蕉は松島を日本で一番の美景だと称賛し、ついに句を詠むことができなかった。しかし自分としては‥、松島の景色はあまりにも地味で、芭蕉とは違う意味で言葉にできない。もっと高台に登れば、芭蕉が見たように無数の島々が確認できるのかもしれないが、港からでは島がぽつらぽつらとしか見られなかった。

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ベストショットをカメラに収めるため、2時間ほど歩きまわった。しかしついに、これだ、という写真を撮ることはできなかった。

松島には、伊達政宗に保護された瑞巌寺がある。御朱印帳を持っていなかったので御朱印は頂かなかった。

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18時、松島海岸駅から仙台駅へ戻った。ここから平泉の一歩手前、一関市まで向かい、そこで宿を取る。仙台駅から一関駅までは新幹線が走っていて、これを使えば数十分で辿り着けるものの、金が勿体無かったので在来線で1時間半近くかけて向かった。東北本線は30分に1本程度しか走っていない。客も少なく、ザ・田舎の列車という具合であった。道中は以前から読みかけたままだった武者小路実篤の「友情」を読み続け、読了した。後味の悪い結末だった。

一関駅に着き、夕飯を食べるために駅周辺をうろうろしていたところ、「ラーメンは郷土食」なる紙の貼られたラーメン屋を見つけ、ここに入った。ビールとつけ麺を注文した。味は印象に残っていない。

宿は事前に予約していた格安のホテルである。値段相応の造りで、パリの安ホテルを思い出した。風呂に入り、特にすることもなく、布団に入った。

何はともあれ、松島・宮島・天橋立日本三景を制覇することができた。明日は平泉である。

(後編に続く)